(文責・黄金院梶川くん)
出納係りの石井優子と支店長の私がデキていることは誰も知らない。
もし、それが行員達に気付かれ、本社の人間が知るところとなれば、
私の出世の道は途絶え…
この男とたいして変わらぬ人生を送ることになるだろう。
何故、それ程の危険を冒してまで同じ支店に働く優子と関係してしまったのか…
それは彼女が銀行で最も安全な女の一人だったからかもしれない。
銀行業務の中で最も嫌われるのが出納業務である。
他の業務の数倍の神経を使う上に、
単調で地味で責任が重く、残業が多い。
出納係に要求されるものは正確さと忍耐力。
一般に、この係りには経験をつんだ女子がなる。
婚期を過ぎ、役席につくあてもなく、
銀行に長く勤務し、現場での仲間づきあいもなく
総てにおいて控え目で目立たず何も要求せずに
そつなく仕事を片づけてくれる女。
残高は最初から合っていたのではないか・・・・ふと私は思った。
私と二人になる為にわざとあんな事を・・・・。
だとしたら優子が示した初めての細やかな要求だった。
優子は私にとって都合のいい従順な女だった。
それは私を愛しているからではないだろうし、
生まれつきの彼女の性格でもない。
彼女のその驚くべき従順さと忍耐力を作り上げたのは銀行に他ならない。
「今までのことは清算していただきます。お金で・・・・。700万・・・今日の残高が合っておりません。営業時間中にある所へ持ち出しました。あなたの手切れ金として私が頂きます。もし、疑いなら今から銀行へ戻ってお調べ頂ければ解りますわ」
彼女は唐突に口を開いた。
私は居ても立っても居られず店を飛び出した。
だが待て、私が銀行へ戻って本当に金庫の金が700万不足していたら・・・・
守衛が最後に目撃する私の犯行ということになってしまう。
あの女は間違いなく700万を持ち出している。
だからこそ私を銀行へいかせようとしているのだ。
こんな馬鹿な事が・・・・・。
一番安全な筈の女が私を破滅させようとしているなんて
「私、本当は大学へ行きたかったんです・・・・。
そうなんです本当は行きたくて行きたくてどうしようもなかった・・・。
自分で言うのもおかしいけど
私、勉強でもその辺の女の子に負けないつもりでした。
でも家庭の事情でそうもいかず、商業高校にはいったんです。
大学に行けないのなら働こう、能力さえあれば社会は認めてくれるんだ。
そう信じていたんです。
私があの銀行に入ったのは18歳の時でした・・・
希望に胸を膨らませていました。でも、店頭の預金係から始まり・・・・
年を取るに従って能力とは無関係に徐々に店の奥の席に移され・・・・
私、わかったんです。女は長く勤めてはいけないのだって。
銀行業務とデート時間を天秤にかけて、
前者をとったのは間違いだったんだって・・・・・。
会社は私のことを会社によって都合のいい、
無口で従順で忍耐力があり、何も要求せず、
どこへも他に行けなくなった31歳の安全な女としか見ていなかったんです。
あなたが私の体を求めてきた時、私はそのことをはっきり知りました。
悔しかった・・・・
いえ、それに抵抗さえ出来なくなっている自分が情けなかった。
でも・・・それでも私は一縷の望みを持っていた。
ひょっとしたらあなたは私に好意を
抱いてくれているのではないかって・・・。私はあなたが好きだったのに・・・・
でも結果は同じこと、あなたは私を銀行と同じ立場でみていた・・・・
安全で・・・・従順で・・・・・・。女は、男が考えているほど安全じゃないわよ。
つまり、私は13年間という貴重な時間を銀行で失ってしまったわけ・・・・
だから、あなたにも銀行で作りあげた総てを失って頂きます。」
ここで皆さんには男の立場になって、思わず笑ってしまう面白いことを考えてください。
はい、小遊三さん早かった
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